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ミュージカル『ファンレター』(2019-20年、韓国)見て来たよ―舞台サイドに字幕付き!韓ミュ初心者にもおすすめしたい

韓国の創作ミュージカル『ファンレター(팬레터)』、台湾公演も好評をもって終了した本作品が、三演となってソウルに帰ってまいりました。2019年11月7日~2020年2月2日まで、ドゥサンアートセンター・ヨンガンホールにて上演中。植民地期の京城を舞台とし、文学のミューズに魅せられた作家とそのファンの「手紙」を介して展開する物語。中毒者続出の大人気作。日本語(中国語)字幕付きで鑑賞できるので、韓国創作ミュージカルデビューに、年末年始一ついかがでしょうか。とりあえず見て来たキャストはこちら!

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キム・ヘジン:キム・ギョンス

チョン・セフン:ベク・ヒョンフン

ひかる:キム・ヒオラ

7人会メンバー:キム・ジフィ、イム・ビョル、イ・スンヒョン、アン・チャンヨン

おおよそのあらすじ(ネタバレしてます)

 時は1930年代。植民地下の朝鮮半島にあっても、都市部で消費文化が花開いた頃。拘置所にとらえられていたイ・ユンのもとを、チョ・セフンが訪れます。自殺したとされるキム・ヘジンの最後の手紙をみせてもらうためでした。それは、自分こそが見るべき手紙なのだとセフンは言います。なぜ、そう思うのか。ヘジン先生の死の経緯を、セフンが語りだすのですがーー。

 チョン・セフンは日本留学中にあこがれの小説家キム・ヘジンにファンレターを書きました。ただし自分のペンネーム「ひかる」名義で。その手紙を読んだヘジンは、自分の孤独を理解してくれる「ひかる」を女性だと思い込み、彼女に惹かれてゆきます。京城にもどったセフンは、文学を志す文士たちが集まる七人会を訪ね、そこであこがれのヘジン先生に出会います。喜び勇んで七人会の手伝いをはじめたセフンは、ヘジン先生が「ひかる」を愛していることを知り、驚くのでした(非実在青少年だよ!)。

 ヘジン先生がひかるを心のよりどころとする様子を目にし、誤解を解けず苦しむセフン。ついにセフンは、ひかるというキャラクターを完ぺきに作り上げ、ヘジンとやり取りを続けることを決意するのでした。ひかるとヘジン先生の手紙のやり取りをお手伝いする役を買ってでることで、ひかるの居場所を曖昧にすることにしたのです。アリバイ工作は完璧です!

 ひかるとヘジン先生のやり取りが進む中、ひかるに会わせまいと奮闘するセフンは、ヘジン先生の気をそらせるため、ひかるが書いたと偽って、自作の小説を送ります。その才能に感激した先生は、その小説を断りもなく文芸誌に掲載してしまうのでした。謎の天才女性小説家として話題になる「ひかる」。困ったセフンは、勝手に掲載をきめたヘジンに、怒ったひかるを装って、別れの手紙を渡すのでした。これでひかる問題は解決!・・と思いきや、失恋でぐだぐだになってしまうヘジン先生。結核を患っていることもあり、もういつ死んでもいい、小説など書けない、と投げやりになってしまう先生。みかねたセフンは、先生にひかるとの合作小説執筆を提案するのでした。さらに七人会は何者かの密告により、摘発され解散することに。結果として、セフンはヘジン先生を彼らから切り離すことに成功するのでした。

 ひかるも結核という設定にし、手紙を通じて合作を書くことにした二人(実際はセフンとヘジン)。セフンの用意した部屋で、ヘジン先生は死を目前にしつつ、何かにとりつかれたように執筆に没頭します。彼の体を気遣いつつもセフンは、どうせ結核で死ぬ運命ならば作品を残さなければ、とささやくひかるを止められません。死が迫るヘジン先生。セフンは我慢しきれず、ひかるは自分が作り出した人物にすぎないことをヘジンに告げてしまいます。その告白はヘジンに葛藤をもたらしました。しかしやがて、彼は文学の女神と共に死を迎えることを受け入れるのでした。

 再び、拘置所。ヘジン先生最後の手紙など実はありませんでした。しかし、小説を書けなくなっていたセフンは、もう一度文学の道をこころざすよう背中を押されます。もう一度小説を書いてみよう。そう決心したセフンのそばには、一度はヘジン先生と共に去った「ひかる」が、寄り添っているのでしたーー。で、幕。

 女神さまがみてる?

 このお話の最大の魅力は「ひかる」役の女優さんがヘジン先生を魅了していくところではないでしょうか。しかし「ひかる」は、セフンの内面にある彼の文学的才能の象徴でもある。つまりは、セフンがヘジン先生を篭絡していく様子が、「ひかる」というキャラクターによって可視化されるのが本作品なのでございます。このあたりが、萌え萌えを形作るポイントと言えましょう。さらにセフンは、自らの才能の化身である「ひかる」をコントロールしきれません。ひかるがぐいぐいヘジン先生に迫っていくのをおろおろ見守っているばかりなのです。しかし、おろおろして純情ぶりながらも、実はぐいぐい言ってるのもセフンなわけですからね!このセフンの二面性が、ヘジン先生との切なくも妖艶な関係性を生み出していきます。さらに言えば、セフン自身も、ひかるの魅力、破滅へと人を導くような力にあらがえません。ヘジンが文学に身を捧げ切り、こと切れるような「最後」を見てみたいという欲望さえも、どこかで抱いているのです。

 本作品は芸術の女神(ミューズ)でもある「ひかる」というキャラクターが、爆発的な推進力をもってお話を進めていくわけで。この人物造形がまさにキモになるといえましょう。ひかるは当初、あくまでセフンが設定して作り上げたキャラクターに過ぎないのですが、それが次第に物語の力の中で実体化し、作者(セフン)にもコントロールが効かなくなっていきます。この、作者にもコントロール不可能なキャラクターというイメージは、文学や物語の魔力を説明する時「キャラクターが勝手に動き出してしまって」などと語られるあの感覚に近い。だからこそ、でしょうか。物語中の役割に跡付けられ、物語の闇や妖艶な部分、時に人々を破滅へと導くものの象徴・ミューズとして「ひかる」は圧倒的な存在感と説得力を発揮するのです。

 こんな女神さまに見守られたら、えらいことになりそうですよ・・。