ミュージカル『スウィングデイズ 暗号名A』(2024年、韓国、初演)観てきたよ。-ところで、暗号名の話はどこへ?と肩透かし気味
第二次世界大戦末期。アメリカの戦略情報局(OSS)が極秘で行ったNAPKO Projectに参加した韓国人の一人、柳一韓(ユ・イルハン)の、祖国独立への想いを描く韓国創作ミュージカル『スウィングデイズ 暗号名A』見てまいりました。2024年11月19日から25年2月9日まで、忠武アートセンター大劇場にて上演中。見てきたキャストはこちら!

ユ・イルヒョン:ユ・ジュンサン
ヤスオ:キム・ゴヌ
ファン・マニョン:チョン・サンフン
ベロニカ:チョン・ナヨン
近藤:チャン・ヒョンソン
あらすじ
幼いころアメリカにわたり成功した事業家ユ・イルヒョンは、日本の植民地支配にあえぐ故国の独立運動を金銭的に支援している。が、上海でかくまった独立運動家ベロニカから、なぜ自ら運動に身を投じないのかを問われる。自らを反省したイルヒョンは、故国に製薬会社を設立して人々を助けながら、アメリカ戦略情報局(OSS。のちのCIAにあたる)のスパイとして働くことにした。
幼なじみの一人で、日本人の父に引き取られていったヤスオは、イルヒョンと、やはり幼馴染で今はイルヒョンとともに会社を運営するマニョンの行動を疑っており、かれらの一挙手一投足に目を光らせているのだった。ヤスオの目を盗み、アメリカに情報を伝えるのに自らの結婚式も利用するイルヒョンだったが、かつて上海で助けた少年ノアが成長し、アメリカの秘密プロジェクトに参加して自らのルーツである祖国のために身を投じる決心をするのを見て、自らもプロジェクトに参加し、戦うことにする。彼の暗号名はA…。(…て、なんかここから始まりそうですが、なんと!ここで終わるのです。え、ちょっとまって?サブタイトルやっと出てきたのに??てなること間違いなし)。
ユ・イルヒョン/ユ・イルハンって誰?
さて、このミュージカルの主人公ユ・イルヒョンは実在の人物で、大韓帝国下でアメリカに留学し、1926年にソウルで「柳韓洋行」という製薬会社を設立したユ・イルハンがモデル。柳韓洋行は韓国最長寿企業の一つとされていて、今も存在しています。会社のHPには『スウィングデイズ』のCMがポップアップされておりました。
こちらのYouTubeが彼の人生をざっと説明し、評価してくれているので参照いただきたいのですが(日本語字幕なくて申し訳ありません)。
このYouTubeでも褒めちぎっているように、ここで説明されている内容を見る限り、ユ・イルハンは韓国史的に突っ込むスキのないかなり偉大な人物であることがわかります。なんせ、
・それどころか本人が身を投じて祖国独立を助けようとした
・光復後、軍事政権下でも軍事政権におもねらなかった
・税金をちょろまかすことは全くなかった
・作っている製品の品質をちょろまかすこともなかった
・財閥を作らず子孫に会社を譲らなかった
・それどころか、財産のほとんどを寄付し、子どもも残った財産を寄付した
という、こんな人ばっかりだったら韓国ドラマの悪役がいなくなるね!というような人物らしい。学習マンガにもなっている、韓国の「偉人」の一人なのでございます。

この、稀代の偉人が身を投じて立上げ・参加したのがNAPKO Projectと名付けられた極秘作戦。日本占領下の朝鮮半島に投入する特殊部隊としてアメリカによって集められた(集まった?)人々は暗号名A、B、C…と呼ばれた朝鮮半島出身者たちだった…そうなんですが。実際は終戦間際に結成されたため、光復をむかえたことで作戦は中止、メンバーは解散となり、1990年代に入るまでその存在すら明らかにされてこなかったのだそう。サブタイトルを見る限り、このプロジェクトがミュージカルのメインかと思いきや、幼馴染であるイルヒョン・マニョン・ヤスオの3人の葛藤が、本作の中心に据えられておりました。
ここはどこ?今はいつ?と迷子になりがち
韓国の人々ほどにユ・イルハンについての知識がない観客の一人であるからなのか、「今のシーンはどこの話?」「今は何年ぐらいって設定?」と迷わずにはおられませんでした。てか、最初のシーンが上海って、みんなわかるの?なんで、と戸惑いからのスタートです。主人公がアメリカで成功した事業家としてアジアで活躍した人物だからでしょうか、物語はその後、京城、アメリカ、上海と場所を移しながら進みます。シーンが変わるたび、えーっと、今はアメリカに行くっていってたからこれはアメリカなんかな。みたいな感じで、脳内でト書きを追加せざるを得ない。舞台セットからは、もひとつ判別しがたい気がしました(よく見たらわかるのだろうか)。
さらに、1幕終わりに主人公イルヒョンは、総督府の依頼で図らずしてカミカゼ特攻隊の出撃に「クスリ」を提供してしまうことになるのですが。特攻隊の出撃は1944年秋ごろから始まるそうなので、これが1幕終わりとすれば、2幕の出来事は終戦までの半年くらいの間に起こった計算になります。ただ、2幕は3人の幼馴染の葛藤がピークに達したり、イルヒョンがプロジェクトに参加する決心をしたりして忙しい(確か)。1幕2幕の時間進行ペースがあまりに違うがゆえに、見ているこちらは「え、いまは時代いつっていう設定?」と混乱してくるのでありました。てか、京城のイメージが1920年代も30年代も40年代も同じなんおかしくないか!混乱するわ!
というわけで、このミュージカルをみるためには、とりあえずユ・イルハンについて理解しておく必要を強く感じます。YouTubeを見て腑に落ちた場面も多かったので、YouTubeお薦めです。
ブラッシュアップを期待して
今回見たキャストはドラマでもおなじみの俳優さんが多く、男性客もとても多かった(キャストの特質?)。忠武の男性用トイレにあれほど人が並んでいるのをみる日がくるとは!と思うくらいでございました。全員が歌もお芝居もうまいので、そういう点でストレスは全くなかったし楽しめたのですが。予習なし初見、ユ・イルハンを知らない観客には不親切な部分があったのは確か。3人の幼馴染の葛藤を描く部分も、俳優さんの年齢差大きすぎて「幼馴染という設定は無理がありすぎやろ」とつぶやきつつ帰路についていた韓国の方に最も共感してしまいました。
また、この時代を描く韓国の様々な作品が、日本に協力するか、しないか、という当時を生きた人々の葛藤にこだわらずにいられないのはわかるのですが、実在の人物ユ・イルハンの人生の面白さを考えると、ミュージカルでは、彼が「祖国」を実感するまでにある困難、アメリカで育ったイルヒョンのナショナル・アイデンティティをめぐる葛藤のようなものを、もっとつっこんで描いてほしかったと思わずにはいられません。
今回は初演でしたから、今後どんどんブラッシュアップされていくと思うので、再演に期待しつつ。でもサブタイトルはどうにかしたほうがよくない?
ミュージカル『デスノート』(2023年、韓国キャスト、三演アンコール)見てきたよーエンターテインメント性あふれる映像演出がすごい
ミュージカル『デスノート』韓国キャスト版3演アンコールが2023年3月28日~6月18日、シャルロッテシアターにて上演中。この後大邱、釜山をまわる本公演、韓国版の版権がODカンパニーに移ってのニュープロダクション。韓国国内メンバーでの新演出となりました。見てきたキャストはこちら。

夜神ライト:コ・ウンソン
L:キム・ソンチョル
レム:イ・ヨンミ
リューク:ソ・ギョンス
ミサ:リュ・イナ
新演出版のスペクタクル
ODカンパニーに制作会社が移り、ノンレプリカ韓国演出版に変わった三演。2022年4月から8月にかけての上演であったため、ビザ問題もあり、日本からはなかなか気軽に見に行けない時期でした。虚無にとらわれながら見送ったあの作品が、今回(多少メンバーの入れ替わりはありましたが)無事アンコール公演となったわけで。この気を逃すまじと見に行って参りましたよ。とはいえホンガンホ×ジュンス回の血ケッティングを勝ち抜く根性はなく、とりあえず見られそうな回行っとくか!と選んだのですが。めちゃ堪能できました。適当に選んだとか言ってごめん、ソンチョル、ウンソンさん。
俳優さんたちの熱演はもちろんなのですが、今回「韓ミュ・・恐ろしい子!」と白目にさせられたのはその演出。舞台三面をLED画面にして映像を映し出し、俳優の演技と歌、映像効果をリンクさせる凝ったものでした。練習めちゃ大変そう!
例えば、リュークとレムのいる地獄(天界?)からデスノートが人間界に落とされ、ライトがそれを拾う場面への転換は映像が担います。これによって暗転を必要とせず、二つの場面がつなげられる。観客の目の前に広がるのは映像を用いた演出なのですが、そこには漫画のコマを読み進めるときのような快楽がありました。読者の視点がコマとコマの間を埋めるとき、その「間」に込められた意味が前後のシーンをつなぐ。まさにそんな役割を映像が担っているような気がした。ちょ!これすごくないか。マンガが原作なことが生かされている気がする(妄想かもしれないが)。また、異なる場所にいるはずの人々を並列して見せたり舞台の前後に配置して見せるとき、映像で舞台上に線を走らせることで、コマで区切られたような重層的な「空間」を作り上げたりもしています。さらには、ライトやLが置かれた場所がゲームボードのように演出されることで、彼らの真剣なやり取りや頭脳戦も、しょせんはそれ自体が「(死)神のゲーム」に過ぎない、というメッセージに落とし込まれるあたり、ぐぬぬぬ、と唸らずにはおられませんでした。
漫画やアニメなどで原作を知っていれば問題ないのでしょうが、これまで『デスノート』のミュージカルは、まあまあざっくりしたお話と展開で、キャラクターの感情のつながりがいまいち見えにくかったように思います。というか、今回の演出版を見て、わかりにくかったよなアレは!と実感した。さらに、お互いの腹のうちを探りあう緊張感に満ちた原作漫画の心理戦は「ミュージカルには無理!」と切り捨て、正義とは何か、人間に与えられた領分とは?みたいな「ミュージカルあるある」の王道路線にストーリーの力点を置いたのも見やすくなった理由かなと。それだけに、俳優さんたちのやり取りがより熱をもって楽しめたように思います。
演出家キム・ドンヨンとは
この衝撃的舞台を作り上げた演出家キム・ドンヨンさんは、私を一時期大いに狂わせた『R&J』の演出家としてまず脳内に刻まれているのですが、軍ミュ『帰還』や『新興武官学校』『ジェントルマンズガイド』など、そいやあの頃から映像の使い方が絶妙な演出してたな・・と遠い目になったりもする方で、劇団「詩人と武士」の代表でもあられます。武士て‥(あってる?)。
この度『デスノート』三演を評価され、第7回韓国ミュージカルアワードの演出賞を受賞されました。いやもう、信じて任せる演出家であることは間違いないわけですが、ちょっと、信頼の一万倍くらいすごいもん見せていただいたんですけど??という感じ。チケットが取れるものならば、何回も見て演出の中に仕込まれたメッセージを読み取りまくりたいものです。
とはいえ、大劇場作品である『デスノート』。昨今のチケット値上がりをうけなかなかのお値段。まあ、このメンバーでこの演出だったらこれくらいかかるかもしれないと思う一方で、おさいふにやさしくないことは間違いありません。韓ミュの盛り上がりはうれしいけれど、円ベースで生きるオタクのつらさは増しマシで、まだしばらくは続きそうですね・・。
ミュージカル『種の起源(종의기원)』(2022-3年、韓国、初演)見てきたよー小説の語りをいかにミュージカル化できるか
韓国創作ミュージカル『種の起源』が2022年12月18日~2023年3月5日まで、ドリームアートセンター1館にて上演されました。韓国のベストセラー小説家、チョン・ユジョンのサイコミステリを原作とする本作品。「悪の三部作」と呼ばれるシリーズ小説完結編のミュージカル化でございます。見てきたキャストはこちら!

赤ハン・ユジン:パク・ギュウォン
青ハン・ユジン:ペク・ドンヒョン
キム・ヘジン:パク・ソニョン
キム・ジウォン(母)/キム・ヘウォン(叔母):ジュア
悪はいかにして発生するか?
主人公ハン・ユジンは水泳選手として競技を続けることを渇望しているのですが、叔母に処方された薬と母の強い反対でそれを断念せざるを得ない状態にあります。彼は幼い頃家族旅行で海へいき、父と兄を事故で失っており、それ以来、母と叔母はユジンを監視しているのです。母と叔母の抑圧に耐え兼ねこっそり薬を飲まずにやりすごしたユジンは、目覚めるとそこに惨殺された母の死体を見つけるのでした。じゃじゃーん。母を殺したのは誰なのか。養子として家庭に迎え入れられともに育った義兄ヘジンに心配されながら、目の前にあらわれるもう一人のユジン(赤ユジン)のささやきにいら立つユジンなのですが…。
まあ、ここまで聞くとわかる人にはわかるのではないでしょうか。そうです。ユジンが悪い奴です。サイコパスです。最後には人類超越するとか言っちゃいます。しかも海外進出します。以上です…。
今回、原作を読まずにチャレンジしてみたのですが、観劇後、ちゅ、厨二病?と叫ばずにはいられませんでした。おばちゃんにはもう、特別な自分に気づく物語とかちょっときついんやわ、と思わざるをえなかった。なんだろう。体調かな。3年ぶり大学路一発目がこれだったのがよくなかったのかもしれません。韓ミュ免疫が失われているのかもしれない。キャストは悪くないはずなのに…。というわけで『種の起源』に激しい拒否反応を感じたのはなぜだったのか。そのあたりについてちょっと考えてみたい。
二人のユジン、その効果とは
本作では主人公ハン・ユジンは二人一役で描かれます。チケットサイトの登場人物紹介ページでは、ハン・ユジン役が6人いるので、一見「まさか6人で回すの?」とおののきますが、背景が赤と青に分かれている点がミソ。赤背景と青背景のユジンはそれぞれ1人の人物の二つの内面をそれぞれ担ってでてきます。「悪」の声として登場するのが「赤ユジン」、この声におびえつつ導かれるのが「青ユジン」なのですが、ほかの登場人物に見えているのは「青ユジン」だけ(そして最後に・・)という設定です。
しかし、この作品には、ユジンにとってもう一人重要(そう)な人物が登場します。幼いころ亡くなった兄と瓜二つという理由で、養子にもらわれてきた義兄キム・ヘジン。ヘジンはユジンを信頼や愛情に満ちた「この世界」につなぎとめる存在なようなのですが…。ユジンが2人に分裂しているためか、ヘジンとユジンの関係がいまいちぼんやりしてしまいます。つか、ヘジンが単なるおせっかいな近所の子くらいの重量しかない。本人の内面の葛藤、母・叔母との葛藤、ヘジンとの葛藤と、葛藤がてんこ盛りすぎなのと、青ユジンにとってそれらが抑圧でしかないがために、最初から赤ユジン圧倒的優勢「もう勝負はきまった」感が強い。だからでしょうか、最後に青ユジンが過去の記憶を取り戻し、赤ユジンと一体化した(飲み込まれた?)時には、むしろ己に酔っているだけに見えてしまった。残念。
韓国の創作ミュージカルには、最初と最後でキャラクターの見え方が変わる(それを俳優の入れ替えで表現する)という演出がよくありますが(『ザ・キャッスル』など)、これは最初と最後で観客から見える登場人物の性格が大きく変貌してしまっており、またその過程が納得のいくものであるからこそ面白みを発揮するわけです。そこでは、キャラクターに共感できるかどうかではなく、変化の過程にどのような人間関係や社会背景が描きこまれているか、人物が置かれた文脈の変化がどれほど大きいかが面白さを左右するのではなかろうか、と。その過程を、主人公の内面変化(を示す2ユジンの対話)のみで押し切ろうとする本作は、「あああああ、なんか、みてて恥ずかしい…」となってしまうようなきがするわけでして。もにゃもにゃ。
原作小説を攻めるべきかもしれない
厨二?と叫んだ私に、ともに見た友人は、とりあえず小説は面白いから読んでみろと繰り返しました。原作小説は1人称で描かれているらしいので、読者はミュージカルとは異なる視点をとることになるのでしょう。少なくともこっぱずかしいきもちになることはないから安心せよとも言われました(むしろいやな気分になるだろうと)。
でもMDで販売していた原作小説は売り切れ。探してみたら日本語版が出てますね。
さらに「七年の夜」も出てるのね。これ、映画にもなったんですよね。
読んでみて、感想を追記できればと思います。ミュージカルの見え方が変わるのかもしれません。

