ミュージカル「グランドホテル」RED &GREEN見てきたよ!‐「死」のダンスが色っぽい!

ミュージカル「グランドホテル」。もう、東京方面の方々にはいまさらながらとなってしまったやもしれませんが。みてまいりましたよRED&GREENの両バージョン。

脚本 ルーサー・ディヴィス作詞・作曲 ロバート・ライト&ジョージ・フォレスト 追加作詞・作曲 モーリー・イェストン 演出 トム・サザーランド。イギリスの新鋭スタッフがつくる「ベルリン」の物語。

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グランドホテル方式

さて、この物語はベルリンの「グランドホテル」を舞台に集う人々それぞれが、ホテルで過ごしたその一夜の出来事を描く群像劇。一つの場所に集まった人たちの様子を描く映画や小説、演劇を「グランドホテル方式」と呼ぶようになったそのネタ元なのであります。確かに、中央に据えられた回転ドアのように人々の営みが断片的にくみあわされていく(この回転ドアも回っていくのですが)。もちろん、回転するセットによってシーンはフロント・ロビー・客室へとかわりはしても、すべてそれはグランドホテルで起こっていることなのです。

この方式についてWikipediaの説明には、「グランドホテル」に先立ってバルザックの『ゴリオ爺さん』にスタイルの原型がみられた、との記述があります。しかし世の中では、「ゴリオ爺さん方式」ではなく、「グランドホテル方式」と呼ぶ。むしろ「ゴリオ爺さん方式」が定着しなくてよかった。「グランドホテル」は「ゴリオ爺さん方式」で描かれたミュージカルですーー。って、「ゴリオ爺さん」に詳しい人はともかく、「爺さん」の語彙にインパクトがありすぎて、どんな作品なのかわからないからね!別の意味で想像が膨らむよね。と、しょうもない感想が長すぎですな。

スペシャルダンサーという演出

(ネタバレ注意!もう終わってるからいいかもしれませんが・・。)今回、この作品にはスペシャルダンサーとして湖月わたるさんがキャスティングされております。スペシャルダンサーってなに?と思っていたのですが。要するに、「死」を象徴するキャラクターなのですね。ホテルのロビーにいつもさりげなくいるのは、ホテルがつねに「死」を漂わせた場所である、という意味なのでしょうか。

最初のシーンで、グランドホテルに集う人々に紛れ彼女はロビーにたたずんでいる(湖月さまの太ももの美しさが半端ない)。そして通り過ぎてゆく「男爵」に気づいて視線を向ける。ここから実は男爵の死は予告されていたですよね(死亡フラグってやつですね)、仕込まれてる。一番死に近そうなオットーよりも、実は彼女に見初められていたのは男爵だった。美人薄命。

さて、スペシャルダンサーがスペシャルに輝くのは当然のごとくダンスシーンでございます。プライジング社長が、雇った秘書フレムシェンにセクハラしてる現場に出くわしちゃってさあ大変、それを止めようとしたガイゲルン男爵(プライジング社長の部屋にドロボーに入っている途中)は、自分がもっていたピストルであべこべに撃ち殺されてしまいます。哀れ色男。

このシーン(REDとGREENで出来事説明の順番がやや異なります)の後にやってくるのが「死」。これが『エリザベート』なら「闇が広がる」歌いたくなっちゃうシーンですが、歌はなく迫力のペアダンスが展開します。

湖月わたるさんのダンスの見事さ(そして繰り返すが、何であんなに美しいのかという、ふとももの見事さ)はもう語る必要がないくらいの超前提なのですが。REDとGREEN二チームの違いを引き立て、ガイゲルン男爵役の俳優さんのキャラが生きるダンスとなっております。伊礼彼方さんの男爵は「死」におののき、でもそこから目を離せない恐怖から始まる。おんめめぐりぐりの伊礼さんがかわいくもあり、気の毒でもある。まさかここで死ぬとは思ってなかった、男爵の姿があります。一方、宮原浩暢さんは「死」に立ち向かおうとしてるように見えました。時に、「死」に魅せられそうになりながらも、戦う姿勢を崩さないダンス。「死」が迫っているのを知りつつも、愛する人との明日を夢見ながら、それを拒もうと必死でもがく。オペラグラスで表情も見たいし、ダンスの全体像も見たい、そんな困ったシーンでもありました。

ミュージカルにおいて、音楽はそのキャラクターを表現する上でとっても大事な要素なですが、今回あらためて、ダンスは呼吸のやり取り、関係性の強弱を通じて、キャラクターの感情を見事に描くことのできる手段なんだな!と実感したのでした。このシーンに、歌はなし。じっくり踊りを見せて、心をゆさぶります。

いやー、よかった。