ミュージカル「レッド・ブック」(2017年・試演)感想(1)-女の子の「想像力の自由」に捧ぐ、素敵ミュージカル

ミュージカル「レッドブック」が2018年2月6日から3月30日まで世宗会館Mシアターにて上演予定。韓国のミュージカル専門雑誌「The Musical」誌上で行われた2018年期待作として、あの「フランケンシュタイン」(再演)を抜いて、創作ミュージカル部門1位に選ばれた本作品。2016年の公演芸術創作産出室優秀賞を受賞し、2017年に行われたテストプレイが大変な好評を得ての「初演」とあいなりました。「女神さまが見ている」のハン・ジョンソク、イ・ソンヨンペアによる4年ぶりの創作ミュージカル。いまさらながら2017年1月に上演された試演(2017年1月10日から22日、大学路芸術劇場)の感想などを書きなぐっておこうかと。

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アンナ:ユリア

ブラウン:パク・ウンソク

ローレライ:チ・ヒョンジュン

ドロシー/バイオレット:キム・クッキ

セクシュアリティと創作をめぐる物語

舞台は19世紀ビクトリア時代の英国。女性の権利が制限されていた時代。しかしそこで展開する物語は「女の子の、女の子による、女の子のための性的な妄想を通じた創作の自由」を礼賛するものなのでございます。現代の「過度に熟した」趣味の方々と何か通じるものがある主人公(とその仲間)。そしてまた現在韓国で盛り上がるフェミニズムの波にもシンクロするものがある。とはいえ、韓国エンターテインメント界の力量はさすが。趣味や政治的信条に肩入れしつつも取り込まれず、最後は「創作万歳!」みたいな(ちょっとあれれな)勢いにのせて、すべての表現者や創作を志すものへの賛美みたいになっちゃう開かれ感。女の子たちの創作の楽しみにせまりつつも、それが(男女を問わず)素敵なモノとして広く理解されるような共同体の生成を描いていきます。最後の大団円はちょっとハッピーエンディングすぎると思われる向きもございましょう。ブラウンが女子に都合よすぎるよね、とちょっと斜にみてしまう部分も確かにある。しかし、ここまで女の子たちのつながり、その可能性を描いた作品はとても珍しいのではなかろうか、と思うのです。でも、こういうの見てみたかったよね、とも思えてくる。新鮮な視点にあふれ、かつみんなが楽しめる作品。ワカモノ女子が観客のほとんどを占める大学路発のミュージカルとして、一つの到達点をみた!と思わされました。

長文のあらすじ(ネタバレ)ー1幕

主人公アンナは求職中。しかし未婚の女性ということでなかなか職につけない。パン屋に面接にいくもセクハラされて反抗、逆に警察送りとなってしまう。だが、牢屋にいれられても、アンナはくじけない。彼女には自分で自分を楽しませる術をもっているのだ。「悲しくなるたび、エッチな妄想をすればいいのよ」。そう、アンナは自らの性体験を反芻(?)し、それを心の糧に生きているのでございます(大胆な設定)。そもそも彼女が求職中なのは、妄想のネタになっている初恋の人との思い出を婚約者に話してしまい破断になってしまったためらしい。なんで話すかなよけいなことを。

そんなキャラが立ちまくったアンナを探す紳士、ブラウンがおりました。彼はアンナがかつて下女として仕えた老婆バイオレットの孫で弁護士、のんきなおぼっちゃんだが女性差別的な考え方(当時としては普通)をもつ存在、という設定です。バイオレットはアンナに遺産を残したいと言っているのですが、未婚の女性は財産を受け取れない。結局毎月ブラウンからの支援金ということでそれを受け取ることになり、ブラウンとアンナの間には縁ができてしまうのでした。この縁を逆手に(?)、アンナは職を得ようと、ブラウンにタイピストとして自分を雇うよう提案します。それをうっとおしくおもったブラウンは、アンナに夢をおって作家になるように促すのでした。

創作をめざすことにしたアンナ。ブラウンに連れられて行った書店で、女装の男性編集者ローレライと、女たちが自らの実の上を書き綴った小説集に出会います。ローレライはアンナの創作力(?)に感動し、小説を書くことをすすめるのでした。実は、財産を譲りたいと申し出てくれたバイオレットにも、アンナは性的な妄想に基づく物語を語っていました。アンナの話てくれる「エッチな」物語に元気づけられたバイオレットは、庭師ヘンリーと恋に落ち、幸せに暮らしました。しかしこのエピソードを聞かされたブラウンは、祖父への操を守ったはずの祖母を侮辱した、としてアンナを追い出します。しかし、アンナと過ごすうちに恋愛とは変化するもの、とうアンナの「思想」に影響されていたことにも気づくのでした。

アンナは仲間たちとともに女性が表現する場を模索しはじめます。小説を掲載した本を直売りする中で、その物語が人気を得ていくアンナ。有名な評論家さえもアンナの作品を評価しはじめます。しかし、(素直になれない)ブラウンはアンナの作品を否定。しかしアンナは自己表現を侮辱されることで逆に開き直り「淫らな作品を書くこと」それ自体を強く肯定するのでした。で、1幕終わり。

(つづく!)

 

 

ミュージカル「タイタニック(TITANIC)」(韓国版・2017‐8年)見て来たよ(2)ースター中心でなくても魅力あふれる舞台

ミュージカル「タイタニック」が2017年11月8日から2018年2月11日までシャーロッテシアターにて上演中でございます。舞台セットがうまくタイタニックの世界を表現している本作品。もちろん魅力はそれだけにとどまらず、韓国ミュージカル界の至宝(?)たちによる演技と、こうした主役級のひとがアンサンブルとなって歌われる合唱部分のすばらしさ。観光のついでに、ロッテワールドタワーにのぼったかえりに、ぜひ足を運んでほしい作品でございます。(シャーロッテシアターは、蚕室ロッテエリアにあります)。

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(人が途切れた瞬間素早く撮影しようとしすぎて変な角度に)

マルチ・ロールが生きる

本作品では、最大1人5役を務めるマルチ・ロール方式で配役されておりまして。インターパークなどで確認できるキャスト表では、クルー、1等船室の客、2等船室の客、3等船室の客という風に分類され、あたかも1役しか演じないかのように見えますが。いやいや例えば、韓国の「お花様」ことチョン・ドンファさん(チョン・ドンファさんは愛称が꽃님)は、あるときは1等船室にのりくむマダムのつばめ、あるときは3等船室でアメリカンドリームを語る若者、ある時は楽師、そしてキャスト表にあるのは「無線技士」(ほかにもあったかも)。このように、俳優さんたちが複数の役を演じることによって、俳優と役柄の個性が過剰に一致し、その役柄が物語中の登場人物として重要になりすぎない、そこにフォーカスされすぎないという効果が発揮されます。そのため、無名の乗客が、それぞれの生を生きた場としてのタイタニックという空間が、よりいっそう浮かび上がってくるのです。だれかが主人公なのではなく、それぞれが、それぞれの人生をもって集まっていることがひしひしと伝わる。主役の誰かが逃げ延びれば、安心して胸を撫で下ろせるような悲劇ではなく、それは皆のものであるというメッセージが、きっちりとつたわるのはこの演出のおかげでもあるでしょう。

まあ、一幕終わりにキャストが舞台上に立ち、これからタイタニックにおこる悲劇を予感させるシーン。皆が一定の方向に揺られ、傾くシーンで、「そこ、微妙にずれてるから!」みたいなキャストがいたのはご愛敬ということで。あるいは、二幕終盤、自分たちが我先にと避難するのではなく、船室の客に最後まで声かけし続け、その職務に忠実であろうとしたベルボーイに、船長が君はいくつだと尋ね帰ってきた回答に、客席が「え、そんな設定だったのかよ!」とざわめいたのもご愛敬ってことで!

ともあれ、個々の俳優さんたちの演技上手な部分やネタッポイ部分もちらっと挿入され、ファンにも楽しめ、かつ、韓国のミュージカル俳優さんを知らないの、とおっしゃる韓国ミュージカル初心者の方々にも楽しんで頂ける作品なのではないでしょうか。

2018年10月からは、日本でトム・サザーランド演出版が再演されますし、演出見比べなども楽しそう。おススメです!

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日本版の詳細は以下に!

www.umegei.com

ミュージカル「ハムレット・アライブ」(2017‐8年・初演)見て来たよ-ホン・グァンホかコ・ウンソンか、それが問題だ

韓国の創作ミュージカル「ハムレット・アライブ」が2017年11月23日から2018年1月28日まで芸術の殿堂トゥオル劇場にて上演中。ハムレットにはホン・グァンホとコ・ウンソンがダブルキャスト、どっちで見るかが悩ましいところです。ちなみに、「本公演は突然の銃声効果音、火薬と焦げによる煙が生じる場面があります。妊婦・心臓の弱い方は観覧時に注意してください。」との告知がございますのでご注意くださいませ。MDショップに「買うべきか、買わざるべきか、それが問題だ」と書かれているのもチェック!で、見て来たキャストはこちら。

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ハムレット:ホン・グァンホ

クローディアス:ヤン・ジュンモ

ガートルード:ムン・ヘウォン

ホレイショー:ファン・ボンシク

ヤン・ジュンモ教授のクローディアスが素敵

ホン・グァンホハムレットに歌い負けないクローディアスとしてヤン・ジュンモ教授を選択したのはただしかった!と(勝手に)満足した仕上がりでしたよ、同顔クラブリーダー(ヤン・ジュンモさんは、老け顔なミュージカル俳優さんと子どものころからこの顔だち、をスローガン(?)とするセクシー同(童)顔クラブを結成中)。兄の所有する王座と妻を奪い取る野心家ながら表面上はそれを隠そうとするクローディアスが、紳士的な演技と情熱あふれる歌声のギャップによって十全に表現されておりました。ヤン・ジュンモさんの安定感が、劇の完成度をたかめていたと思われる。

というのも。ホン・グァンホさんの歌声はやはり素晴らしいのですが、ハムレットはこれまで腐るほど多くの俳優が演じて来た役柄だけに、歌唱力プラスの演技力が試されるとなると・・。ミュージカル「シラノ」では、ん?歌の表現力に演技力もおいつきはじめたかな、という期待感があったのですが。「ハムレット・アライブ」では、歌として表現できることと(まあ、これがすごすぎるからなんですが)、演技部分で表現できることの差が大きく感じられてしまったような。それは、今回のハムレットは「アライブ」とうことで、人々(観客)と共有できるような苦悩を表現する存在と解釈され、役柄設定されており、その時点で演技の要求水準が半端なかったからかもしれません。なので、コ・ウンソン版がどうだったのかが知りたいところです。とはいえ、抜群の歌唱力で表現される歌唱パートでは、めちゃめちゃ心揺さぶられるのは間違いございません!

ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ

ちなみに、「ハムレット・アライブ」では、ローゼンクランツとギルデンスターンがなんだかやたら活躍し、彼らの最後もきっちり舞台上で描かれておりました。通常の「ハムレット」では、彼らは死んだとおまけのように付け加えられるだけの可哀想な役どころ。これを憐れんで(?)ウィリアム・S・ギルバートが「ローゼンクランツとギルデンスターン(1874)」を、トム・ストッパードが「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ(1967)」という二人劇を書いてあげた(?)ほどなのです。この二人、別に何も悪いことをしていないというのに、ハムレットに手紙を書き替えられ、イングランド王に殺されてしまうんですからね。気の毒。

で、今回この二人はいかにあつかわれるのか?を気にしておりましたところ。漫才コンビのように色違いのスーツで登場した双子のようなお調子者として描かれる二人。それなりの存在感をもつ役柄になっており、クローディアスに命じられ、ハムレットイングランド王のもとへと送りとどけるさいには、持たされた秘密の手紙(ハムレットを殺せとイングランド王に頼む手紙)を見ちゃったり、それをハムレットに書き換えられても気づかなかったり、最後にはイングランドで殺されちゃったりするシーンがきっちりかかれており、胸をなでおろしたのでありました。なんか、よかった・・。