韓国ミュージカル☆ライフ

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韓国ミュージカル『海賊(해적)』(2019、韓国、初演)見て来たよ―いざ冒険の旅路、海賊たちが航海する黄金の海原とは?

韓国の創作ミュージカル『海賊(해적)』が2019年3月10日から5月19日まで、大学路ドリームアートセンター2館にて絶賛上演中。300年前にカリブで活躍した実在の海賊たちをモチーフとする海洋冒険ロマン、とはいえ史実はほぼあってなきがごとし、息もつかせぬ2人芝居、110分一本勝負でございます。これは必ず大学路の人気演目になる。見た瞬間、これは後半チケットなくなるやつだ・・!と危険な香りをかぎとりました。しかも、ドリームアート2館は座席数も少ない。案の定、すでに千秋楽まで雪原(チケット予約されつくし、選択できる座席がない状態)が広がっております・・。しかし、あらゆる手段をつくし、なんとしてでも見てほしい本作品。見て来たキャストはこちら。

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 ルイス/アン:ペク・キボン

ジョン/メアリー:ヒョン・ソクジュン

ジェンダークロス・キャスティング

ミュージカル『海賊』で試みられたキャスティング方式、そしてキャラ造形と関係性の設定。まさにこれが本作品のユニークでチャレンジングな部分ではなかろうかと思われます。まず、キャスティングされている俳優さんはトリプルキャストなのですが、男性4人と女性2人。男×男、女×女、女×男、男×女のペアが可能なキャスト。基本は同性ペアで演じますが、混成ペアの回もある。そして物語上の登場人物のメインキャラクターは男性2人(ルイスとジョン)、女性2人(アンとメアリー)。上記のキャストボードをみていただければお分かりかと存じますが、俳優1人あたり男女各1人の主要登場人物が割り振られています。そう、かならず性別の異なる2役を演じることが告知されているのです。とはいえ、これだけでは革新的とまではいえないかもしれません。特に、大学路で演じられる少人数ミュージカルでは、1人の俳優がさまざまなキャラクターを演じることも多く、男性が女性を演じることもしばしばです(ミュージカル『グーテンバーグ!』など)。また、もともと男性俳優を当てることが多い役柄に、女性をキャスティングするというのも既にある(ミュージカル『ジーザス・クライスト』など)。もちろん、性別が特に決まっていないようなキャラクターを男女混合でキャスティングすることもあります(ミュージカル『光化門恋歌』や『ザ・デビル』など)。しかし、今回の『海賊』はその一歩先を行くことを宣言した作品と見た。

物語の設定上、俳優さんはどの回においても、自身のジェンダー(と想定される)とは異なる性別のキャラクターを演じることになるのですが。キャストが男性俳優に限定されていないことで、越境の方向性は元ペアの性別によって異なり得る。さらに、男女混成の回もありますので、男性と男性で、あるいは女性と女性で、そして男性と女性で、男性と男性の会話、女性と男性の会話、女性と女性の会話を演じていくことになるのです(書くとややこしいな!)。なので、俳優さんたちのジェンダーとキャラクターのジェンダーはいつも・つねに、どこかでズレており、そのパターンは無限大(いや、厳密には有限ですが)。

さらに恐ろしい(?)ことに、女海賊のアンとメリーは男装の麗人で凄腕のガンマンと剣士。単に女性的な魅力を表現すればよいわけではなく、むしろいかにカッコよく見せるかが命のキャラクターだったりして。冒険を書き留めるルイスは、繊細で細やかな感性の中にしなやかな強さが光るキャラクター。海賊船船長のジョンも勇猛果敢な知者とみえて、実は弱さを抱えつつそれを乗り越えようと努力する、暖かい「母性」あふれるリーダーであることがわかるのです。そう、あらかじめ、単に男らしく、女らしく男性キャラと女性キャラを演じればいいわけではない人物設定がなされている。ゆえに、妙に「らしさ」にこだわってしまうとキャラクターが死んでしまう。これはもう、俳優の力量がめちゃ問われる作品ではありませんか。

異性愛をこえてゆけ

女性が男性を、男性が女性を演じる宝塚や歌舞伎になじんだ観客であれば、女性俳優や男性俳優が異なる性別を演じることは、さして目新しく感じないよ、と思われるかたもいらっしゃるやもしれません。しかし、ミュージカル『海賊』は(たぶん)確信犯的にぶっこんできました。そうした観客の目にも新しい攪乱要素。この物語は異性愛ではなく、同性どうしの恋愛関係を描くのです。しかも、男性同士という「スリルミー」型ではなく、女海賊アンとメリーの恋愛。このお話のラブラインはこの2人の話だけ。男装の麗人たちは、お互い剣をぶつけ合い命のやり取りをする戦いの場において、その技量と勇敢さに惚れ、互いを無二の存在と認め合い、愛し始めるのです・・って、今までだったら(BL等では)それ、男性キャラクターの十八番では?という展開な、超カッコいい二人。キャラクターの性別はガッツリ女性の設定ですが、時に男性同士の俳優さんが、時に女性同士の俳優さんが、そして時に異性ペアの俳優さんがこの「女性同士の恋愛」を演じます。しかも、どのパターンで見ても、二人の最後のシーンは泣ける。

最後に見える風景は

このように、ジェンダーセクシュアリティの多様なあり方を、まさに毎回実験して見せる、ミュージカル『海賊』。女性が演じる男性の繊細さにときめいたり、あるいは男性が演じる女性の勇敢さやセクシーさにドキドキできる本作品。最後に見えてくるのは、どのような身体の下にあっても、男性性や女性性は、その時々の関係性の中で演じられていくものなのだ、という可変性なのです。型にはめられないジェンダーセクシュアリティを想像する楽しみ、それは性別がなくなることではなく、何十にも男性性や女性性が積み重ねられることで生まれる魅力なのだと「感じ」させてくれる本作品。この熱き想いを胸に我々はどうすべきか。きっと、雪原(チケットの全くない状態)にたたずみ、「再演希望ー!DVD化希望ー!」と叫ぶよりほかないのでありましょう。OST(CD)は出るとの噂ですよ。