ミュージカル「ドリアングレイ」「ゴーン・トゥモロー」「失われた顔1895」、イ・ジナ演出祭りを振り返る(1)

みなさま、イェグリンミュージカルアワーズは御覧になりましたでしょうか?最初にパンした客席ショットで、いきなり目に入ってきたには「イ・ジナ」と書いてある座席。あ、空いてるじゃないですか。来てないのかい!

しかしこのイ・ジナ演出はこの秋、ミュージカルアワーズにもノミネートされていた韓国の大作・創作ミュージカルを大量演出されておりました。そしてその演出、特に舞台の使い方にはとってもたくさんの共通点があり、ABC案全部やってみたぜ!というような実験的側面があったのではないかと思われる(豪華な実験ですね・・)。ということで、今回はイ・ジナ3作品演出について、非常に個人的な分析を語ってみたいと思います。

演出家でも

(現在とかなり印象の違うPLAYDBの写真・・)

奥行き感に違和感

まずなんといってもイ・ジナ演出の舞台使いの特徴は奥行きの深さでしょう。時として俳優さんが遠すぎて見えないくらいに、深い(とくに城南アートセンター)。今回の3作品でも、舞台上に遠近法がばりばり生じるくらい奥と手前の距離感が利用されていたように感じます。

多くの舞台演出では、舞台のサイドから中央へと視線が集中していくような印象を受けるのですが、イ・ジナ演出の作品ではやたら奥行きを感じさせられました。たまに高さがついて後方部分が前に押し出されてくるのですが、横からの流れに慣れていると「うーん、見にくいかも・・」と違和感を覚える。そんなに奥に行くなよ、とさえ思うこともしばしばでした。

しかし今回、3作品を見比べることによって、この感覚は劇場規模とのマッチングによって生じていることに気づきました。自分的革命!

たとえば「失われた顔1895」の会場である芸術の殿堂トゥオル劇場では、むしろこの奥行きが生きていると実感したのです。奥行きがあることによって、時間感覚や心理的距離がうまく表現され、心揺さぶられた。「失われた顔1895」についてはまたあらためて言及したいのですが、この作品では時間が直線的に進まない。なので、この距離感が時間間隔に置き換えられていく空間の使い方はうまいなー、と思い、その演出が堪能できたのでした。

で、考えてみると。トゥオル劇場は城南アート(1804席)に比べると小さい劇場(710席)。そもそも舞台と客席の距離が遠くないのです。「ゴーン・トゥモロー」も程よい感じがしたのですが、やはりクァンリムアートセンターBBCHホールも1026席と、大劇場としては小ぶり。だからこそ舞台が奥に後退しても、そんなにストレスがなかったし、むしろ演出意図がよく理解できた。

というわけで、イ・ジナ演出作品は1000人規模劇場でこそ見るべきだ!と勝手に結論したのでした。