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ミュージカル「ドリアングレイ」感想第二弾-チェ・ジェウンさんの演技にドキドキ

韓国の創作ミュージカル「ドリアングレイ」、もう見に行かれましたでしょうか?折り返し地点に入り、舞台もどんどん成熟していっているのだろうな、と思いつつ。だいぶん間延びしましたが感想の続きです!

前回も書いたようにミュージカル「ドリアングレイ」はキム・ジュンスに捧げられたミュージカルである、と言っても過言ではない作品なのでございますが。ジュンスさんの脇を固める俳優陣の豪華さにもくらくらすること間違いございません。パク・ウンテ、チェ・ジェウンですよ。この二人が一緒に舞台に立っているのを見ることができる、なんという幸せ。で、今回はチェ・ジェウンさんの魅力・バジルという役柄について熱く語ってみたい。

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チェ・ジェウンさんの役どころは、ドリアンの肖像画を描く画家のバジル・ホールワード。ちなみに、醜く変化していくドリアン像は、あの写真を加工したような肖像画でよかったのか。聞いてみたいところ。バジルさんの画風ってアレなもんなんですか?

さて、チェ・ジェウンさんと言えば韓国「スリル・ミー」の伝説のペアともいわれる、キム・ムヨル&チェ・ジェウン組の片割れ。日本公演の時の挨拶映像が残っておりました。

 

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この時もチェ・ジェウンさんの細かな演技に中毒者続出と言われた定評の演技力は今回も健在です。

バジルは、画家にとって自分の作品がどの様なものであるのかという「芸術」観をきっちり持っているキャラクター。台詞を聞いていると一瞬人間味がありそうに思えるのですが、よくよく考えると腐ってもヘンリーと友達(?)だけある存在。なにせ彼は、ドリアンの美しさに魅せられ彼を欲望しているにしても、それは肉体への欲望というよりは、美なる魂を自分と一体化したいと思っているのですから(と、思った)。ちょっとヤバイよ、あなた、というほどの精神性偏重。彼にとって、絵画という表現手段は、抽象的な美や純粋性と自分が一体化するためのもの。最初の方でヘンリーに、ドリアンの肖像画には自分の魂が込められている、というような話をするのですが、ここにバジルのキャラクターがよく表れていました。

だからこそ、チェ・ジェウンさんの歌う「長い夏の日」は、ドリアンへの思いを歌っているようでいて、その美によって活性化(?)できた自分への愛をうたっているようでもあった。後半に行くにつけ、バジルがドリアンに固執するというより、彼を描いた自分の「絵」に固執する理由がすとんと腑に落ちるような気がしました。下手したら、生活指導の先生みたいなことをドリアンに言い、不良仲間に誘おうとしているヘンリーをなだめる図、のようになってしまいそうな台詞をはきつつも、そこにバジルの持つ、ヘンリーと表裏一体の美へのこだわりが見え隠れして、耽美ワールドが無事、維持される。

なので、2幕にドリアンに誘惑されちゃうシーンでは、バジル自身が理想を失い、絶望に落ちるきっかけでもあっただろうと思わされた。そして、ドリアンの悪魔化完了状態も、よくあらわれておりました。ぬう、ドリアン、やるな。

と、読み込もうと思うといくらでも妄想できるバジルというキャラ。楽しすぎるキャラ・・。チェ・ジェウンさんの含みある仕込みが妄想を掻き立てます。ヘンリーとの関係ももっといろいろと妄想できそうな楽しさもあり。

だからこそ、なのですが。お芝居の中に、バジルがどんな風にドリアンの肖像を描いたのかというシーンがあったらよかったのに―!と思わされもしました。きっとその時間と空間はとってもエロティックで素敵だったはずだ。天下のチェ・ジェウンにその空気をかもしださせる機会がなかったこと、その点はとっても残念でした!