韓国ミュージカル☆ライフ

韓国ミュージカルを楽しみつくすブログ

『韓国創作ミュージカルガイド』―大学路(へ/から)広がる韓国ミュージカルの世界!

みなさま大変ご無沙汰しておりました。韓国ミュージカル☆ライフ、1年以上ぶりの更新です。satokoさんが制作・出版された『韓国創作ミュージカルガイド』を入手し、どうしても感想を書きなぐってみたくなったがための更新とあいなりました。

 

渡韓がままならぬこのご時世、配信で心を慰めつつも、韓国のミュージカル専門雑誌『ザ・ミュージカル』誌が休刊したりしてさびしい日々。そんな中、韓ミュ大学路沼住人として、秀逸な観劇レポを発表している「Sparks inside of me」のsatokoさんが、初の薄い本を計画しているとのツイートが飛び込んできたのでありました。しかも、韓国の一流芸大で舞台芸術を学んでいるエリさんの協力のもと、ハン・ジョンソク作家のインタビューも収録予定だとか。これは何としてでも入手せねば。期待に胸膨らませて発行をまち、そしてついに『韓国創作ミュージカルガイド』を手にしたのでした。わーい、わーい。

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とはいえ、現在(6月19日)紙版は品切れ中で電子版の準備を進めておられる様子。希望者が多ければ紙版の再販可能性もあるようですので、未入手の方はぜひ入荷お知らせメールボタンをおし、再販を待ちましょう!

今こそ予習!大学路進出を迷っている・・そんな人にもおすすめしたい!

この本が紹介しているのは大学路発の創作ミュージカルでございます。近年これらの作品は、日本にライセンス販売され、日本キャストで制作されるケースも増えてきました。ですので、韓国ミュージカルとはつゆ知らず、作品に出合った方もおられるであろう昨今の現状をふまえ、本編が日本上陸済み作品と、未上陸作品に目次が分かれているあたりの構成が絶妙です。日本語ライセンス作品をご覧になった方の中には、日本版は韓国オリジナル版とどう違うのだろうか?オリジナル版はどういう経緯で制作・上演されたのだろうか?という疑問をおもちの方々も多いはず。そんな方もきっと大満足される記事でした。

この本のさらなる魅力は、自分が観劇した作品の舞台や登場人物など背景を知るだけではなく、その作品を足掛かりにして、大学路沼へといざなう「芋づる式おすすめ作品」が紹介されていることでしょう。例えば日本でも「愛煙家」といわれるファンを生み出した、ミュージカル『SMOKE』の紹介ページでは、同時代を舞台にした作品や、歴史を扱う作品へと芋づる式に導かれます。紹介された作品の詳細が、日本未上陸作品紹介ページに掲載されていたりもして、読者は縦横無人に『ガイド』をめくりつつ、大学路に思いをはせることになると思われる。さらには、すでに大劇場の韓国ミュージカルはデビュー済みだけど大学路はどこから浸かればよいのかわからない、と迷っていらっしゃる方々の背後に忍び寄り、沼へ突き落す威力も感じました。

もちろん、単なる作品紹介の羅列ではない構造によって、立体的に大学路の風を感じられる本書は、渡韓できず日々を過ごす韓ミュ沼の人々にとっても、なぐさめを与えてくれるのではと思われます。

ハン・ジョンソク作家のインタビューが読めるのは本誌だけ!

また、本書の大きな魅力として、ハン・ジョンソク作家のインタビューが掲載されている、ということが挙げられるでしょう。ハン・ジョンソク(한정석)作家は、本書でも紹介されている『レッド・ブック』や、2013年に来日公演が行われた、大学路ミュージカルの人気作『女神様が見ている』(【会見レポ】ミュージカル「女神様が見ている」日本初日公演で観客を笑いと感動の渦へ!│wowKorea(ワウコリア))などの台本を手掛けた方。『女神様が見ている』の着想をえた作品の話や、イ・ソンヨン作曲家とのやり取りの中で作品がどんなふうに変化していくのか、さらには『レッド・ブック』という作品の今後の展開、韓国ミュージカル界の制作環境と資金の流れが垣間見える話まで、なんとびっくり充実の内容です。その一文一文から、satokoさんの練りに練られた質問に、ジョンソク先生が真剣にこたえてくださった様子が浮かび上がるようで、読んでいて心躍る記事でした。

「飛ぼう!飛ぼう・・!」想像力の翼で・・

韓国では秋からの生活通常化を目指しつつ、段階的に入国規制が緩和されていく様子です。とはいえ、ミュージカルを見るためにふらりと韓国にいけるようになるのはまだまだ先でしょう。韓国では、夏から冬にかけて、創作もライセンス公演も人気作・大作が目白押しとの情報も聞こえてきたりして、海外にいる人々はうなるよりほかないのですが・・。『SMOKE』の登場人物たちが、絶望の中にあって「翼」をうたい上げたように、私たちは『韓国創作ミュージカルガイド』を胸に想像の翼を広げるしかない。satokoさんの熱意に敬意を示し、感謝するとともに、さっそく第二弾が出ることを期待しつつ、もう一度ページをめくって想像の大学路に飛び立つことにいたしましょう・・。

 

 

 

 

 

 

 

演劇『ジョージア・マクブライドの伝説』(2019-20年、韓国キャスト版、初演)見て来たよ!―

演劇『ジョージア・マクブライドの伝説(The legend of Georgia McBride/조지아 맥브라이드의 전설)』(韓国キャスト)が2019年11月27日ー2020年2月16日まで大学路ユニフレックス2館で上演中。演劇とはいえ劇中にはショーに用いられるポップソングが流れ、ライブ感あふれる作品となっておりました。異姓装やジェンダー越境の問題を笑いに解消してしまうだけだとちょっと嫌かも・・と不安になりつつ見始めたのですが、ジェンダー的なアイデンティティの複数性を丁寧に描いていて好印象!見て来たキャストはこちら。

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 ケイシー:パク・ウンソク

トレーシー:ペク・ソックァン

レキシー:ソン・グァンイル

ジョー:ユ・ジュヘ

エディー:キム・スンヨン

ざくっとしたあらすじ

 主人公ケイシーはさっぱり売れない芸人。バーでエルビス・プレスリーの物まねショーをして、一発あてようとするも評判はいまいち。妻のジョーからはお金がないとぐちを言われる日々。ついにモノマネ芸さえも首になったケイシーは、バーのオーナー、エディに泣きつき、バーテンダーとして何とか食いつなごうとしています。妻から妊娠をつげられ、うれしいと同時に、今後の生活への不安がつのるのでした。そんな時、エディのバーにドラァグクイーンのトレーシーとレキシーが訪ねてきます。ドラァグショーでバーを立て直すことになったのです。自分の居場所がどんどんなくなっていくケイシー。ある日、酒に酔って舞台に上がれなくなったレキシーの穴埋めとして、ケイシーは女装してショーを回さなければならなくなりました。なれない女装を渋るケイシー。芸名を急きょ母親の出身地ジョージアと、初恋の相手マクブライドの名前からとった、ジョージア・マクブライドに決定し、トレーシーの励ましのもと、なんとかショーを務めるのでした。以外にもショーは好評をえて、チップもはずんでもらったケイシー。その後もショーにでて、あれよあれよという間に人気者になっていきます。しかし、急に稼ぎの良くなった理由を妻には告げられないでいました。そんなある日、突然楽屋を訪ねて来た妻に、ケイシーがドラァグショーに出ていることがばれてしまいます。ドラァグクイーンとしての仕事を受け入れられない妻。ケイシーは悩みつつも、最後のショーになるかもしれないからと妻を説得し、いつもの衣装をみにつけて舞台にたつことにしました。そして、アコースティックギターで妻へのラブソングを歌います。それを見ていた妻は、ケイシーの思いを理解し彼の生き方を肯定するのでした。めでたしめでたし。

ペルソナとしてのドラァグ

 さて、本作品は前半、男性としてのジェンダーを確立していて、異性愛者だと信じ切っているケイシーが、いやいやながら異性装することになってしまい、その越境のトホホぶりを笑うような作りになっております。パク・ウンソクさんの愛くるしさを差し引いても(これについては申し分なくて、キュンキュンくるわけですが)、そのちょっとした(脚本的な設定の)無神経さが鼻につくかんじがいたしました。なんか、こんな風に笑うのはいかがなものか、的な。しかしですよ。当初、女装が金儲けに使えると有頂天になってはいるけど、それを妻に告げられないケイシーが、ドラァグとして生きていくことでアイデンティティを維持しようとしているトレーシーや、そこに破壊的な何かをぶつけてなんとか自分の輪郭を確かめようとしているパンクなレキシーとの交流することで、彼らをリスペクトするようになり、また舞台で何度もジョージア・マクブライドになることによって、自分にとって女装することが持つ意味を考えていく部分がそれなりに丁寧にかつ説得的に描かれていくので、次第にストーリーに好感がもてるようになりました。そして最後の局面にきて、異性愛者か同性愛者かというセクシュアリティを超えて、自分にとって女装した姿、ジョージア・マクブライドが何であり得るのか、その姿でなくてはならない理由をポジティブな形で導き出すこの物語には、ある姿をとることが誰かにとって必要なことがある、そのペルソナはその人のジェンダーセクシュアリティに関係なく(いや、むすびついていながらも多層的で)切実なものなのだ、と実感させられたのでした。後味めっちゃすっきり!

俳優さんの魅力爆発

  今回ケイシーをパク・ウンソクさんで見たのですが。突然女装してステージに立つことになり、なれないドレスと化粧、そして全く知らないエディット・ピアフの「パダン・パダン」を口パクしろと言われて戸惑う姿が超キュートでした。「ピアフ?しらないよ!」というケイシーに、とりあえず「喉乾いた、スイカ死ぬほどくっとけ(の韓国語、だと思ったんだけど)」っていっとけば何とかなるから!とムチャをいうトレーシーの言葉に笑わされるとともに、ケイシーがめちゃ忠実に曲中ずっとこれを繰り返しているとか、かわいすぎるだろ。

 カン・ヨンソク君で見ても、イ・サンイさんでみてもそれぞれちがったアプローチ、ちがった魅せ方があるとおもわれるケイシー/ジョージア・マクブライド。ドラァグショーのクオリティーも間違いない本作品。ぜひぜひ3人三様の魅力を楽しみたいところです。

 

英語版台本はこちら(米国アマゾンサイトへ飛びます)

www.amazon.com

ミュージカル『スリルミー(쓰릴미)』(2019-20年、韓国キャスト)見て来たよ―新演出!舞台に木が生えたスリルミーをフレッシュなメンバーで

韓国キャスト版ミュージカル『スリルミー』が帰ってきた!2017年に10周年記念・伝説の豪華キャスト祭りを終え、刷新のための準備期間という2年間の沈黙に突入していた韓国スリル。2019年12月10日~2020年3月1日まで大学路イエス24ステージ2館(旧デミョン文化工場)にて上演中。沈黙の間に何があったの!と思わざるを得ない新セット・新演出は、現地では賛否両論のどっちといえば否よりらしく、日々演出が変わっているという噂もある状態・・。私が見て来たのは開幕週。以下で今となってはなくなった演出にも言及しているかと思われますが、とりあえず見て来たキャストはこちら。

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私:キム・ヒョンジン

彼:ノ・ユン

※今回は全キャストがスリルミー初体験!

舞台セットがドールハウス(以下すべてがネタバレを含んでおります)

 韓国新演出版『スリルミー』、まず入った瞬間度肝を抜かれること間違いなし。あれ、劇場間違えた?今回もスリルはベガムだっけ?と引きかえしそうになるでしょう。かつてのダークカラーでまとめたシンプルな舞台は消え去り、『私とナターシャと白いロバ』あるいは『アランガ』風の白い舞台が出現しております*1。舞台上にはドールハウス的な白い箱。いくつかの面に窓がつき、上部に登れる階段もある。柱部分には寄り添うように木が生えており、木陰にピアノが(ピアノ1階!)。さらに箱セットの前にはおなじみの机とタイプライター、そして逆側にはトルソーが。トルソー、なんじゃそら!・・と、座席についたほとんどの初見客が思ったに違いない。ツッコミどころ満載すぎる!スリルミーなのにどこかインスタ映えするカフェ風味のセットなのです。

スローなピアノにしてくれ・・なくていいけど

 さて、新演出版は同じ90分の芝居とは思えない「ため」に満ちており、スピード感よりは、余白が多いつくりになっておりました。実際ピアノの演奏スピードも超スロー。現地のミュージカルファンたちに、プレスコール映像を速度を上げて再生してちょうどいい速さと揶揄されるほどなのでございます。また、これまで俳優さんたちの解釈によってそれぞれのキャラクターをいかに作っているのか、想像させるポイントだったシーンが、あっさり通過点になったり、ずらされていたり、はては現在二人が同じ時空間にいるのか曖昧になっていたりしています。

 たとえば冒頭の、二人の再会シーン。彼が私にマッチを持っていないか訪ね、私が彼にそれを差し出すシーンがあります。ここで、彼と私の関係性を読み取るために、観客の視線が集まるのですが。今回、私にマッチ持ってこさせておきながら、彼はそれを無視し、懐から「ライター」を出してたばこに火をつけるのです。「じゃあ、たのむなよ!」とツッコまずにはいられない。おそらくここは、彼がライターをどの様な雰囲気で出すか、それを見た私がどう反応するか、に解釈の力点が移るのだと思われます。演出が導く「彼」と言うキャラクターの中では、彼はあくまで「私」の反応や行動など気にしていないわけですから、この演出の力にいかに逆らっていくか・・、が今後のポイントになるのかな、と。

 このように、一事が万事、これまで「私と彼」の関係や力学の変化を読み取るために観客(というか私)が注目していたポイントが微妙にずらされてまいります。それぞれのシーンに二人が観客に見える形でいるか・いないか。シーンに掛ける時間の長さ、なども変化しておりまして。たとえば前者。彼が子どもを誘拐するシーンでは(まあこのシーンの「トルソー=子ども」見立てはその後変更になったそうなのであえて言及を避けるとして)、舞台上に「私」もたっています。これまでは「彼」の独断場であったこのシーンに、おそらく過去を回想している現在の「私」が存在する。さらに後者の例として、盗みを働いた二人が現場から逃げ去るシーン。これまでのスリルではほぼ逃げ切った場面から描かれていたこのシーンを、上下の移動をふくめて長く表現します。必死に逃げる「私」の健気さが表現できる面白いポイントだな、とおもっていたのですが、その後、なくなったらしいとの話を聞きました。なんとー。

 そして極め付けだと思ったのは、「Afraid(死にたくない)」から「99年」へと至る部分の変更。「Afraid」はこれまで私と彼が背中合わせ(あるいは横並び)で座り、拘置所の壁で隔てられていて、お互いが見えないという設定になっておりました。唯一二人を同時に見ることができる観客は、同時になされる演技から、二人の関係と心中を推測したわけですが。が、今回は「私」、箱の裏側に回ってしまって観客からも見えなくなるのです。わずかに、窓の向こうに私が見え隠れするのみ(席によってはそれに気づかない可能性すらある)。そう、ここで観客の視線は、「彼」役の俳優さんに集中します。彼が恐れや気弱さを吐露する芝居への注目度は否が応でも高まる。がんばれ「彼」。そして、ゆっくりと箱の裏から「私」が姿をあらわしたとき、その「私」は現在の私らしいのです。このシーン以降、仮釈放審問で話す「私」と、回想の中の「私」は混在し始めます。たぶん、この混在のさせかたに「私」役の俳優の戦略が光ることになるのでは、と思われます。たとえば「99年」の護送シーンで、彼と向き合わず彼の言葉を聞く「私」は現在の私、そして一瞬彼のまなざしを受けとめ、彼を見つめ返すのは回想の中の「私」では、などとそのシームレスな移行、今がどっちの「私」なのかは表情から読んでくれ!的状況にもだえることになるでしょう(なりました、私は)。新たな沼かな。

好みはわかれると思われるが

  今回の新演出版、同じ台本と思えないような違いが多く、これまでのスリルミーを身体化した多くの観客には、「い、違和感しかない・・」「もやる・・」との評を得ております。はたして今回の新演出は、黒歴史として葬られる運命にあるのか。今後さらなる発展をさせることができるのか。ちょっと楽しみなところです。

 とはいえ、私、今回の新演出版は嫌いではございません。もちろん、いつもの『スリルミー』で見たかったなー、という気持ちがないわけではございませんが。考えて見たら、10周年キャストは豪華華麗キャリアの俳優さんたちが務め、しかも複数ペアであらゆる「彼」と「私」の関係を試み、時には同じペアなのにマチネ・ソワレで解釈変えてきたりして鬼畜のバリエーション大辞典を作り上げたわけです。そんな祭りの後で、2年の空白はあれど、同じ演出がとられたら。これからキャリアを積み上げていく新メンバーが、先輩たちとは異なる解釈を作り上げなきゃならないとか、あまりに酷な要求ではございませぬか(まあ、脅威の能力でやっちゃうかもしれないとこが韓ミュなのですが)。だからこそ、新しい舞台美術と演出の中で、これまでの先輩たちが作り上げて来た「彼」や「私」から(ある程度)自由になって演技できるよう、あらたなキャラクターを作り上げやすいように、との親心的な部分が今回の新演出にはあるのかな?だからこその新キャストなのかな?と、超ポジティブにもとらえることもできますまいか。

 ま、来期からいつものバージョンにもどってるかもしれないけどね!

行こうよ白い森!―チケットはYES24で

 というわけで、いずれにせよ語りたくなること間違いなしの新スリル。未見のかたは是非ご覧ください。日本キャスト版ロスの方も、脚本は同じですので言語の壁を超えて十分楽しめると思います。航空代金が格安なこの時期に、ぜひぜひ韓国キャスト版スリルを堪能してくださいね!

 『スリルミー』はグローバルインターパークではなく、YES24の単独販売ですのでご注意を。以下にリンクをはっておきますね。キャストスケジュールもこちらでチェック可能です。

ticket.yes24.com

*1:今回新演出を担当されたのは、まさに『アランガ』の演出家であるイ・デウンさん