韓国ミュージカル☆ライフ

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ミュージカル『スリルミー(쓰릴미)』(2019-20年、韓国キャスト)見て来たよ―新演出!舞台に木が生えたスリルミーをフレッシュなメンバーで

韓国キャスト版ミュージカル『スリルミー』が帰ってきた!2017年に10周年記念・伝説の豪華キャスト祭りを終え、刷新のための準備期間という2年間の沈黙に突入していた韓国スリル。2019年12月10日~2020年3月1日まで大学路イエス24ステージ2館(旧デミョン文化工場)にて上演中。沈黙の間に何があったの!と思わざるを得ない新セット・新演出は、現地では賛否両論のどっちといえば否よりらしく、日々演出が変わっているという噂もある状態・・。私が見て来たのは開幕週。以下で今となってはなくなった演出にも言及しているかと思われますが、とりあえず見て来たキャストはこちら。

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私:キム・ヒョンジン

彼:ノ・ユン

※今回は全キャストがスリルミー初体験!

舞台セットがドールハウス(以下すべてがネタバレを含んでおります)

 韓国新演出版『スリルミー』、まず入った瞬間度肝を抜かれること間違いなし。あれ、劇場間違えた?今回もスリルはベガムだっけ?と引きかえしそうになるでしょう。かつてのダークカラーでまとめたシンプルな舞台は消え去り、『私とナターシャと白いロバ』あるいは『アランガ』風の白い舞台が出現しております*1。舞台上にはドールハウス的な白い箱。いくつかの面に窓がつき、上部に登れる階段もある。柱部分には寄り添うように木が生えており、木陰にピアノが(ピアノ1階!)。さらに箱セットの前にはおなじみの机とタイプライター、そして逆側にはトルソーが。トルソー、なんじゃそら!・・と、座席についたほとんどの初見客が思ったに違いない。ツッコミどころ満載すぎる!スリルミーなのにどこかインスタ映えするカフェ風味のセットなのです。

スローなピアノにしてくれ・・なくていいけど

 さて、新演出版は同じ90分の芝居とは思えない「ため」に満ちており、スピード感よりは、余白が多いつくりになっておりました。実際ピアノの演奏スピードも超スロー。現地のミュージカルファンたちに、プレスコール映像を速度を上げて再生してちょうどいい速さと揶揄されるほどなのでございます。また、これまで俳優さんたちの解釈によってそれぞれのキャラクターをいかに作っているのか、想像させるポイントだったシーンが、あっさり通過点になったり、ずらされていたり、はては現在二人が同じ時空間にいるのか曖昧になっていたりしています。

 たとえば冒頭の、二人の再会シーン。彼が私にマッチを持っていないか訪ね、私が彼にそれを差し出すシーンがあります。ここで、彼と私の関係性を読み取るために、観客の視線が集まるのですが。今回、私にマッチ持ってこさせておきながら、彼はそれを無視し、懐から「ライター」を出してたばこに火をつけるのです。「じゃあ、たのむなよ!」とツッコまずにはいられない。おそらくここは、彼がライターをどの様な雰囲気で出すか、それを見た私がどう反応するか、に解釈の力点が移るのだと思われます。演出が導く「彼」と言うキャラクターの中では、彼はあくまで「私」の反応や行動など気にしていないわけですから、この演出の力にいかに逆らっていくか・・、が今後のポイントになるのかな、と。

 このように、一事が万事、これまで「私と彼」の関係や力学の変化を読み取るために観客(というか私)が注目していたポイントが微妙にずらされてまいります。それぞれのシーンに二人が観客に見える形でいるか・いないか。シーンに掛ける時間の長さ、なども変化しておりまして。たとえば前者。彼が子どもを誘拐するシーンでは(まあこのシーンの「トルソー=子ども」見立てはその後変更になったそうなのであえて言及を避けるとして)、舞台上に「私」もたっています。これまでは「彼」の独断場であったこのシーンに、おそらく過去を回想している現在の「私」が存在する。さらに後者の例として、盗みを働いた二人が現場から逃げ去るシーン。これまでのスリルではほぼ逃げ切った場面から描かれていたこのシーンを、上下の移動をふくめて長く表現します。必死に逃げる「私」の健気さが表現できる面白いポイントだな、とおもっていたのですが、その後、なくなったらしいとの話を聞きました。なんとー。

 そして極め付けだと思ったのは、「Afraid(死にたくない)」から「99年」へと至る部分の変更。「Afraid」はこれまで私と彼が背中合わせ(あるいは横並び)で座り、拘置所の壁で隔てられていて、お互いが見えないという設定になっておりました。唯一二人を同時に見ることができる観客は、同時になされる演技から、二人の関係と心中を推測したわけですが。が、今回は「私」、箱の裏側に回ってしまって観客からも見えなくなるのです。わずかに、窓の向こうに私が見え隠れするのみ(席によってはそれに気づかない可能性すらある)。そう、ここで観客の視線は、「彼」役の俳優さんに集中します。彼が恐れや気弱さを吐露する芝居への注目度は否が応でも高まる。がんばれ「彼」。そして、ゆっくりと箱の裏から「私」が姿をあらわしたとき、その「私」は現在の私らしいのです。このシーン以降、仮釈放審問で話す「私」と、回想の中の「私」は混在し始めます。たぶん、この混在のさせかたに「私」役の俳優の戦略が光ることになるのでは、と思われます。たとえば「99年」の護送シーンで、彼と向き合わず彼の言葉を聞く「私」は現在の私、そして一瞬彼のまなざしを受けとめ、彼を見つめ返すのは回想の中の「私」では、などとそのシームレスな移行、今がどっちの「私」なのかは表情から読んでくれ!的状況にもだえることになるでしょう(なりました、私は)。新たな沼かな。

好みはわかれると思われるが

  今回の新演出版、同じ台本と思えないような違いが多く、これまでのスリルミーを身体化した多くの観客には、「い、違和感しかない・・」「もやる・・」との評を得ております。はたして今回の新演出は、黒歴史として葬られる運命にあるのか。今後さらなる発展をさせることができるのか。ちょっと楽しみなところです。

 とはいえ、私、今回の新演出版は嫌いではございません。もちろん、いつもの『スリルミー』で見たかったなー、という気持ちがないわけではございませんが。考えて見たら、10周年キャストは豪華華麗キャリアの俳優さんたちが務め、しかも複数ペアであらゆる「彼」と「私」の関係を試み、時には同じペアなのにマチネ・ソワレで解釈変えてきたりして鬼畜のバリエーション大辞典を作り上げたわけです。そんな祭りの後で、2年の空白はあれど、同じ演出がとられたら。これからキャリアを積み上げていく新メンバーが、先輩たちとは異なる解釈を作り上げなきゃならないとか、あまりに酷な要求ではございませぬか(まあ、脅威の能力でやっちゃうかもしれないとこが韓ミュなのですが)。だからこそ、新しい舞台美術と演出の中で、これまでの先輩たちが作り上げて来た「彼」や「私」から(ある程度)自由になって演技できるよう、あらたなキャラクターを作り上げやすいように、との親心的な部分が今回の新演出にはあるのかな?だからこその新キャストなのかな?と、超ポジティブにもとらえることもできますまいか。

 ま、来期からいつものバージョンにもどってるかもしれないけどね!

行こうよ白い森!―チケットはYES24で

 というわけで、いずれにせよ語りたくなること間違いなしの新スリル。未見のかたは是非ご覧ください。日本キャスト版ロスの方も、脚本は同じですので言語の壁を超えて十分楽しめると思います。航空代金が格安なこの時期に、ぜひぜひ韓国キャスト版スリルを堪能してくださいね!

 『スリルミー』はグローバルインターパークではなく、YES24の単独販売ですのでご注意を。以下にリンクをはっておきますね。キャストスケジュールもこちらでチェック可能です。

ticket.yes24.com

*1:今回新演出を担当されたのは、まさに『アランガ』の演出家であるイ・デウンさん