ミュージカル「グランドホテル」(宝塚月組版・2017年)みてきたよ‐グルーシンスカヤに胸キュン!

韓国の創作ミュージカル「フランケンシュタイン」の日本キャスト公演も気になるが、宝塚で上演中の「グランドホテル」もきになる・・!ということで見てまいりました。2017年1月1日~31日まで、宝塚大劇場にて絶賛上演中。

2016年にはトム・サザーランドの新演出版がREDとGREENの二つの結末をもって上演された本作品。群像劇という性質上、トップを中心に配役していく宝塚では工夫を必要といたします。かつて涼風真世さまがオットーに扮し、彼を主人公とした「グランドホテル」が上演されましたが。タカラヅカ的にはある意味異色。涼風真世さんの、透明系妖精度をもってしてこそ可能であったオットー主人公、ともいえましょう。だからこそ、今回作品タイトルが発表されたとき、「今回もオットー主人公でいくとうことはないよね?」と不安がよぎりもしたのであります。

が、今回トミー・チューン氏も宝塚の特性を理解してくださったのか(?)、ガイゲルン男爵を主人公に据え、グルーシンスカヤとの恋愛にフォーカスした「宝塚版」とあいなりました。

f:id:pokos:20170112215850g:plain

(レビューの「カルーセル輪舞曲」もすんごくかっくいい)

 群像劇かトップ中心か、そのバランス

「グランドホテル」という作品は、ベルリンの高級ホテルに集まる人々の1夜のできごとを描く群像劇。誰かが中心というよりは、ホテルという場所が主人公であり、人々の経験の「多様さ」と「関係性」を描くことが物語のキーなのですが。宝塚のシステム上、それを追求しすぎてしまうとタカラヅカではなくなってしまう。やはりトップを中心としたスターの輝きを見たいという気持ちも捨てられない。

で、今回の「グランドホテル」では、ややトップの輝きは抑え目になってしまっていたかなーとおもわされました。もちろん、まだ始まったばかりなので、これからいぶし銀のように(?)スター性がはなたれつつ群像劇としての魅力を高める、という離れ業が達成されていく可能性はあるのですが。

しかしだからといって、この作品が面白くなかったかというともちろんそんなことはない。むしろ、とっても素敵なミュージカルでした。月組の総力をあげたざわめく人々の背景演出が印象的です。一糸乱れぬ様子で「背景としての群舞」を演じ、踊る様子など、ヅカでこそ可能なクオリティではなかろうか、と。無数の人々が常にそこにいる、ということを感じさせる演出によって、宝塚の魅力とはもちろんスターの魅力ではあるのですが、それだけではなく「組」というチームの魅力でもある、ということをあらためて実感できるのです(そんなことはわかっているよ!という方も多いとはぞんじますが)。とりあえずもう、みんなが並んで「グランドホテル」の物語をスタートさせるその瞬間、泣けてくるくらい感動いたしました。

成熟と少女性のアンバランスな魅力

そして、今回フォーカスされた男爵とグルーシンスカヤの恋愛で、あらためてグルーシンスカヤの魅力にくらっとした。グルーシンスカヤが、ガイゲルン男爵との一夜を過ごした後、恋をした自分を振り返って一人きゃっきゃと浮かれるシーンがあるのですが、愛希れいかさん演じるその姿は、愛らしすぎる、愛くるしすぎる。女としての魅力を失いつつある(と自己認識している)女性が、少女のような恋心をとりもどしちゃったときの「いたたた」な感じと、でもキラキラしちゃわずにはおられないような何かがきっちり表現されているのです。ああこの感覚。恋しちゃった瞬間のなんだか恥ずかしいあの感じ。みた人々にそんな気持ちを思い起こさせるグルーシンスカヤは、とっても魅力的で「ああもう、舞台にかけあがって抱きしめたい!」と危険思想にとりつかれてしまうほどでした。娘役さんの表現する「少女っぽさ」ってホントに、なんともいえない純粋性や透明性をもっている。グルーシンスカヤという成熟した女性にそれが宿るとき、そこには、半端ない破壊力が生まれるのでございます。

 

とまあ、この作品。タカラヅカの「集団の魅力」「娘役さんの魅力」をあらためて実感できる(もちろん、ほかにも魅力はてんこもり)、素敵なミュージカルでございました。たぶん、また見に行くな・・。