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ミュージカル「エドガー・アラン・ポー」感想続き-舞台に文字は流れて

ミュージカル「エドガー・アラン・ポー」。歌はいいけどストーリーはいまいち、という評で安定した感のある「POE」。もうすぐ千秋楽を迎えます。みなさまもう御覧になられたでしょうか(なんかこういう入り方ばかりしているような・・)。舞台セットもシンプルなこのミュージカル。作家の伝記的ストーリーではあるのですが、やはり彼がどのような作品をかいた作家であるのか。その「作品」に迫る部分に意味があるように思います。もうちょっとそこらへん書いてほしかった、というのが正直な感想なのですが。その演出方法にはけっこうワクワクさせられた。

「作品」をどう演出するのか

ミュージカル「エドガー・アラン・ポー」では、「大鴉」「モルグ街の殺人」など、ポーの詩や作品に言及するシーンがあります。文字で表現された「小説」や「詩」を、いかに舞台に乗せていくか。台詞や歌詞に 入れ込むだけでなく、今回の舞台では、「演出」としてこれがうまく利用されておりましたよ。

ミュー ジカル「ニュージーズ」でも、彼らがデモを呼びかけるビラを作るとき、ニュースの文字が舞台上にプロジェクションマッピングされ、ニュースが刷り上がると ともにそれが世界を覆っていくような感覚をうまく呼び出していましたが。本作品においても、文字が舞台を覆ったり、降り注いだりするシーンがありました。 これはなかなか効果的だったのではないかと。ポーのあふれる才気、それが人々を魅了していく様子が、舞台上にあふれる「文字」から迫ってくるようでした。文学を体感するときに無意識にあび、感じているであろう「文字」のリズムを映像にする効果とでも申しましょうか。リアル「マトリックス」とでもいいましょうか(意味不明)。

「文学」の才能を表現する

しかし、こうした演出方法には、欠点もございます。と言いますのも。まだ見に行ってないよという方に、とりあえずお伝えしておきたいことがあるとすれば「モルグ街の殺人」をいままで読んだことがなく、しかしこれから読む可能性があるなら、お芝居を観る前によんでおいてください、ということでございましょう。

モルグ街の殺人事件

モルグ街の殺人事件

 

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なにせこのミュージカルでは、1幕の比較的はやい場面で「モルグ街の殺人事件」の内容を「すべてうたいつくす」という「ミステリーテロ」な1曲があるのです。親切丁寧に犯人(オチ)を歌い上げてくれる上に、舞台上には挿絵が映し出されるという演出まで。もちろん、犯人を知っていても面白く読める「モルグ街の殺人」。しかし、古本屋で購入したミステリー小説の最初のページに、犯人の名前がかかれているかのような残念感にさいなまれる可能性もございます。詩なら何度読んでもよいというものでしょうが、(一応)推理小説はなぁ。

「文字」のリズムをうまく映像で表現してくれた本作品。しかし、「作品」の物語をいかに舞台に乗せていくのか。内容をどこまで書くかを含め、こりゃまた難しいもんですな、と思わせられもしました。同じ「天才」を描くとしてもモーツァルトゴッホなど、音楽家や画家の「天才」表現とは異なるものを要求される。物語の展開や発想にそのミソがある「作家」という才能の特質のようなものが見えてきて、奇妙なところで楽しめたミュージカルなのでありました。